心が迷ったときはお釈迦様に学ぼう-その1「中道の教え」とは

お釈迦様

●お釈迦様の人生とは

仏教の開祖である、お釈迦様はゴータマ・シッダールタという名前で、インドの釈迦族の王子として生まれました。母親のマヤ夫人は、里帰り出産のための旅の途中に産気づいて、右の脇の下からお釈迦様を産んだとされています。

お釈迦様は16歳で結婚されて、17歳の時にインドの街を散策にでかけました。その時に、貧しい人々の姿を目の当たりにしたことで、宮廷の暮らしに疑問を持ちはじめました。

29歳で王子の身分を捨てて、出家することにします。最初は難行苦行を繰り返していましたが、35歳の時に「中道」の悟りを得ることになります。これは、ものごとは苦行のような極端な中にも、王族のような栄華のなかにも本当の悟りはない。真ん中すなわち中道が良いのだという悟りです。この中道の教えは、お釈迦様の体得された、様々な悟りのひとつに過ぎませんが、とても心に響きやすい教えです。

心が迷った時には、お釈迦様の膨大な悟りの中から、答えをみつけだすのもいいかもしれませんね。

●極端な中に真実はないという教え

最初に「中道」のお話をしましたが、お釈迦様は極端な世界や考え方に正解はないとおっしゃりたかったようです。

人は個々の価値観の中に生きています。これが正解だと決め付けてしまう前に、ストンと真ん中に入ってみると物事の両極端がよく見えるようになります。自分の考え方も、極端に走っていたのかもしれないと思うと、少しだけ答えが見えてくるかもしれませんね。

中道と考えると難しそうですが、中立と言い換えるといいかもしれませんね。どんな考え方にも一理あります。でもそれによって、いさかいが起きてしまうことも少なくありません。物事を真ん中に入って客観的にみると、不思議と迷いが晴れていきます。もしも迷いの中にいるときには、中道の教えを思い出してみてください。

客観的にものごとが見られると、悩みが小さく見えるようになります。その瞬間がまさに、中道に入ったときなのかもしれません。

●気楽にかまえていきましょう

お釈迦様の苦行は6年にも及びましたが、その中で得たものは中道の教えでした。こころは、振り子のように左右に行ったり来たりしますので、どうしたらよいのかよく分からないと感じてしまう時もよくあります。

そんな時には気楽にかまえて、中道に入りましょう。どちらかを否定するのではなく、両方をそのままありのままに受け止め、ものごとの本質は真ん中にあると考え、自分に自信をもって生きていけばよいのではないでしょうか。

苦楽中道という言葉の中に、極端な二つの道の真ん中に、第三の道があるという意味があります。物事はかたくなにならずに、なかほどをいけばよいということです。そのなかほどを歩く中に新しい道が見えてくるのです。その道こそが求めていた道なのかもしれません。

自分はあれができないからダメだとか、こうあらねばならないという自己限定を外してみたいものですね。

こころの振り子が定まって、カチッとした時には、とても強い自分がそこにいるはずです。

(執筆:ももそ)