母がしんどい……娘が自立しにくくなってしまう母とのこんな関係

母娘関係

家の外へ出て職場や学校で多くの人とかかわり合うと、自然にストレスを受けてしまうことも多いはず。そんなとき自宅に帰ってゆっくりとリフレッシュをし、翌日からまた清々しい気持ちで生活ができればうれしいですよね。

しかし現実では、家に帰っても家族との付き合いの中で余計に疲れてしまうということも。今回は、特にお母さんと同居している方に意識してもらいたい「もしかして、知らずストレスを受けているのでは?」というポイントをご紹介します。親子仲がよく、お母さんが大好き! という人ほど、プレッシャーを感じているかも。

◆「お母さんは優しくて頼りになって、わたしは幸せ者だ」

幼いころは父や母に甘えたり迷惑をかけたりした経験のある方も多いはず。小学校高学年や中学生ごろになると反抗期を迎え、それを乗り越えると両親の有難さが次第に理解できるようになるというのが一般的な青年期の心情変化です。

歳を重ねる過程でお母さんがやってくれる家事や仕事がどれほど大変なのかを知り、感謝の気持ちを持つようになって親孝行をするようになる人もいるでしょう。

なにか引っかかる箇所があったとしても「思春期じゃないんだから恥ずかしい」「もう大人なんだから」と次第に反抗的な気持ちを押し込めるようになったとき、そうして気持ちを抑えるあまりに親子関係が余計にこじれてしまう危険があります。

◆「母のためにがんばらなくちゃ、母の期待に応えなきゃ」

たとえば受験、就職、結婚など人生の大きな岐路に立ったとき、人生の先輩であるお母さんに相談することもあるかもしれません。

お母さんが「こうしたらいいと思う」「これがおすすめ」「こうすべきだ」と語る際、それが重要な助言であったとしても、仮に一時の思いつきであったとしても子どもは「母は自分にそうなることを望んでいるんだ」と受け取ってしまうことがあります。

特に学力の高い学校や大きな企業が話題として出てきた場合にはなおのことでしょう。自分一人で挑戦するのは難しいと感じるような対象へも、母の支援は大きなモチベーションとして作用します。

しかし一歩間違えれば「お母さんが期待して、応援してくれているのに、わたしはどうして駄目なんだろう」と自己否定感を覚えるきっかけにもなりかねません。

◆「与えられている」ようで「奪われている」のかも!?

カウンセラーの信田さよ子さんは、著書「母が重くてたまらない——墓守娘の嘆き」(春秋社)の中で「欲しいものを与えてくれる優しい母」の像の裏に潜む影を指摘しています。

  娘たちは、自分で欠如を感じることを奪われ、結果として欲望の欠如というもっと大きな欠如を背負わされることになる。しかし、目の前にいる母は奪うどころか与えてくれる存在として意識されており、欲望の欠如を自覚した娘たちは、それを誰のせいでもなく自己責任として受けとめるしかない。こうして、だめな娘と、よく気のつくしっかり者の母の強固な結びつきが生まれ、娘は母から離れて自立することが不可能になる。

お母さんへの感謝の気持ちが大きくなるほど、なかなか自立しにくくなってしまうというのは悲しいもの。お母さんが好きだからこそ、感謝の気持ちが大きいからこそ欲しいものを受け取るばかりになってしまうのは怖い状態と言えるかもしれません。

周りの人から「幸せだね」「理想的だ」「うらやましい」と思われる親子関係であっても、ひょっとすると見えないところに問題の種があるのかも。

子どもの頃のように反抗するのではなく、かと言って自分を殺して受け止めるのでもなく、当たり前になっている付き合い方をもう一度考えてみることで、よりよい関係を築くヒントを見つけましょう。

(執筆:朔ひづめ, 監修:臨床心理士 鏡元)