なんとなく気分が落ち込む、やる気がでないという日が続いたときはちょっと注意。なぜなら、気づかないうちにストレスを溜めこんでいる可能性があるから。
それらを解消するためにはまず、自分がどんな対象へストレスを覚え、どんな欲求を高めているのかを自覚することがなにより大切。
そのためには自分自身とよく向き合えるひとりの時間をつくりましょう。
◆「ひとりがさみしい」のは、本当?
『ぼっち』『ぼっち飯』など、現代にはひとりでいる状態を揶揄する言葉が溢れているため、ひとりでいることはそれだけで悪いことであるように扱われてしまいます。しかし、自分にとってひとりの時間が本当にさみしく不要な時間であるのか、今一度よく考えてみましょう。
ひとりぼっちになるのが嫌で出掛け、誰かと会ったり喋ったりしたあとひとりの部屋に戻ってきて、どっと疲れてしまうことや、帰宅したときにかえってさみしさが膨れ上がってしまった経験はありませんか?
気分転換のための行動が余計につらい状態を招いてしまう場合、その理由は実に簡単。自分にとってその行動が、本当に必要なものではないからです。例えば人間関係の摩擦で心が疲れきっているときに「つらいとき、ひとりになるのは良くないことだ」と決め込んで知人と接触すれば、新たな摩耗が起こりかねずストレスを解消するどころかストレスの種を増やしてしまいます。
自宅にひとりでいると、余計なことを考えてしまったり憂鬱な気持ちに蝕まれ逃げ出したくなったりするかもしれません。しかしそこでじっと耐え、自分自身と向き合うことでストレスのもとを突きとめ、自分とも他人とも多くの問題ともうまく付き合うための近道を見つけることができるのかも。
◆吉本さんが語る「ひきこもり」の哲学
戦後、日本国内に最も大きな影響を与えたと言われている人に、思想家・詩人・文学評論家の吉本隆明さんがいます。
吉本さんは『ひきこもれ ひとりの時間をもつということ』(大和書房)という著作の中で、「若者よ、ひきこもれ」というテーマを掲げ「社交的なほうがいいなんて嘘」と、ひとりの時間がもたらす良い影響について言及しています。
吉本さんは「世の中の職業の大部分は、ひきこもって仕事をするものや、一度はひきこもって技術や知識を身につけないと一人前になれない種類のものです。」と語り、ひとりでいることや部屋にひきこもることが絶対的な悪であり、そういう人をどうにか引っ張り出して皆で楽しくコミュニケーションをとろう!と強要する社会に苦言を呈しています。
また「ひきこもって、何かを考えて、そこで得たものというのは、『価値』という概念にぴたりと当てはまります。価値というものは、そこでしか増殖しません。」とも言っていて、皆がこぞって悪いものだとしている時間にこそ大切なものがあるのだとおっしゃっています。
何かひとつの答えが出たわけではなくとも「限界まで悩む、考える」という行為そのものが、吉本さんがおっしゃる「価値」なのかもしれませんね。
何事にもやる気が起きず、気持ちが落ち込んでいるときにはつい、その状態を打破するために強引に外へ出たり誰かに会ったりしなければならないのではないか、と考えてしまいがち。もちろんそうした行いが物事を良い方向へ運んでいくこともあるでしょう。
しかしどうにもならないときには自分と向き合う時間をつくるため、堂々と「ひきこもれ」!
(執筆:朔ひづめ)